――家族の記憶を、次の世代へ
「お彼岸には、お墓参りに行くもの」
そう教えてくれたのは、誰でしたか。
お父さんやお母さんでしょうか。
それとも、おじいちゃん、おばあちゃんでしょうか。
京都で生まれ育った私に、お彼岸の意味を教えてくれたのは、明治生まれの祖母でした。
祖母は、家族の月命日はもちろん、お盆、春と秋のお彼岸をとても大切にする人でした。
秋のお彼岸になると、祖母はお萩を手作りし、重箱にきれいに詰めてお墓参りへ。
そのそばで私は、「なぜお彼岸にお墓参りをするのか」「春と秋では何が違うのか」といったことを、特別な勉強としてではなく、暮らしの中で自然に教わりました。
そもそも「彼岸」とは、仏教で、私たちが生きる迷いの世界「此岸」に対し、その向こう側にある悟りの世界を表す言葉です。
お彼岸は、春分・秋分の日を中日として、その前後3日ずつを合わせた7日間。2026年の秋のお彼岸は9月20日から26日までで、秋分の日は9月23日です。京都の知恩院でも、この7日間に秋季彼岸会が営まれ、ご先祖さまや亡くなった大切な方を供養します。
祖母からは、お彼岸にいただく「牡丹餅」と「お萩」の違いも教わりました。
春は、その季節に咲く牡丹にちなんで「牡丹餅(ぼたもち)」。
秋は、萩の花にちなんで「お萩」。
この呼び分けは、昔から伝わる代表的な説の一つです。農林水産省も、春は牡丹餅、秋はお萩と呼ぶ説を紹介しています。
そして我が家では、春の牡丹餅はこしあん、秋のお萩は粒あんでした。
祖母からは、秋は収穫したばかりの小豆の皮がやわらかいため粒あんにし、春にはこしあんにするのだと教わった記憶があります。
実際に、秋の新しい小豆は皮までやわらかく食べられるため粒あんにし、春はこしあんにするという説があります。ただし、これは全国、あるいは京都全体に共通する決まりではありません。
京都府の郷土料理として紹介されている「おはぎ」も、府内全域で受け継がれてきた一方で、粒あんだけでなく、こしあんやきなこなど、家庭によってさまざまな形があります。
だからこそ、今になって思うのです。
大切なのは「どちらが正しいか」ということだけではなく、
「うちでは、こうしてきたのよ」
と教えてくれる人がいたことなのではないでしょうか。
昔は、お墓参りの仕方も、ご先祖さまの話も、季節の行事も、その家ならではの習慣も、祖父母から親へ、親から子へと、日々の暮らしの中で自然に受け継がれていました。
けれど、家族の形や暮らし方が変わった今、意識して伝えなければ、そのまま消えてしまうものも少なくありません。
皆さんにもありませんか。
親御さんや、おじいちゃん、おばあちゃんから聞いた「我が家のお彼岸」の話。
今年のお彼岸には、ぜひその記憶をたどってみてください。
そして今度は、皆さんがお子さんやお孫さんに伝えてみませんか。
「昔、おばあちゃんがこんなお萩を作ってくれたのよ」
「うちでは、こうやってお墓参りをしてきたのよ」
「あなたにつながるご先祖さまには、こんな人がいたのよ」
そんな会話もまた、次の世代へ手渡すことのできる大切な家族の財産です。
縁ディングノートに残すものは、財産や医療、介護、葬儀の希望だけではありません。
家族の思い出、ご先祖さまのこと、我が家に受け継がれてきた習慣、そして、自分が次の世代へ伝えたいこと。
秋のお彼岸を、亡き人を偲ぶだけでなく、受け継いできたものを次の世代へつなぐ時間に。
今年は、ご家族でそんな話をしてみてはいかがでしょうか。
(文責:一橋香織)