1 はじめに

筆者が勤務する司法書士事務所は、主として相続や終活を取り扱う事務所です。被相続人が亡くなられた後の様々なお手続きのサポートをしておりますが、なかなか全て円滑にいくわけではありません。その中で「故人様のお気持ちが確認できたら」と思うことも度々ありました。 

生前対策として遺言の作成を依頼されることも多いですが、依頼者様が書きたいと思われた動機やその内容も様々です。私は自身の体験から、書かれる方の意思が確実に実現できるために、お気持ちを反映させる工夫など適切なサポートに取り組んでいます。 

2 祖母からの依頼

依頼者様の終活にかかわるたび、私が思い出すのは亡くなった祖母のことです。今から10数年前、ふるさと高知に住む祖母から「遺言を書きたい」と相談を受けました。当時、私は結婚、出産を機に仕事から離れていたのですが、祖母から見たら相談できる専門家だったのでしょう。 

祖母によると、祖父ともども高齢になったこともあり、一度身の回りの始末を付けておこうと思ったようでした。私は主人の勤務で東京に在住しており、離れていましたので、電話でやり取りし、聞き取った大まかな内容をもとに、下書きを作って渡したのですが、祖母の書きたい内容とは少し違う部分があったようでした。 

今仕事であれば、書かれる方の意思が確実に実現できるように面談を重ねるところですが、当時は子育てに追われていたことや、高齢で祖母がメールなども不得手だったこともあり、なかなかやり取りは円滑にはいきません。「次に帰省した時にゆっくり話して作ろうね」と約束したのですが、帰省の際にもなかなかまとまった時間が取れず、そのまま月日が流れてしまいました。 

そうしたうちに、母から突然の知らせがありました。「病院に運んだが意識がない」という早朝の電話。幸い一命は取り留めたものの、祖母のダメージは大きく意思疎通は困難になりました。遺言を仕上げることはできなくなったのです。 

もっときちんと話をしておけば。悔やむ気持ちは当然強かったですが、それでも少しでも祖母の思いを形にしたいと思い、私が取り組んだのは祖母が施設に入ることになったことで、独り暮らしとなった祖父の遺言を整えることでした。 

どちらかに万一のことがあったときに、困ったことが起きないようにと気にしていたんだよ。祖母から相談を受けた経緯とその際に聞いた祖母の思いをしっかり伝え、祖父自身の意思で遺言を書くことを進めました。祖父の手になっても、生前に遺言を整えておくことが祖母の思いに答えることにもなるとも感じていました。 

次はしっかりとサポートしたい。私もその思いで祖父と話して案文をまとめました。祖父の希望もあり遺言は自筆証書で行うことになりました。私は遠方に住んでいたので、実際に書くのは、姉の助けも得ました。自分の手で長い文章を書くのはなかなか骨の折れる作業だったようで、遺言は途中休憩も挟みつつ、2日がかりで仕上げました。 

手の震えや筆圧の低下。俳句が趣味で筆まめだった祖父の衰えは思った以上でした。作業の途中、懸命な祖父の様子を姉が何度も連絡して知らせてくれたのを今でも鮮明に覚えています。ようやく完成し姉妹で安心した気持ちも。また、高齢者が自筆で遺言を残すことの大変さを実感したのもこの時が初めてでした。 

3 ノートは大切な人へのメッセージ

遺言はスタイルや記す内容が決まっていることもあり、作成する際にどうしてそうした内容にしようと思ったのか、いくら「付言事項」を書いたとしても、気持ちの全てを反映させることは難しいかもしれません。遺言では伝えきれない気持ちをご自身の大切な方々に伝えるツールとして「縁ディングノート」は有効だと思います。 

記す内容も決まりはありませんし、筆無精であれば本人が書くことにこだわらなくても構いません。私も離れた祖母と電話で話しながら、書き込んであげられならと思うことがあります。話好きな祖母は、若い頃のことや母の子供のころのエピソードなどをよく話してくれました。ノートに書き留めておいたら、私も母も祖母との時間を共有できたのになと思っています。 

「縁ディングノート」は、将来の自分や大切な方々への手紙のようなものと言えるのではと思います。まずは日記でも何でも書くことから始めてみてはどうでしょうか。私も祖母の願いを完結できなかった後悔を胸に、仕事を通じてこれから出会う方々に少しでも安心を届けることが祖母への恩返しと信じて、日々精進してまいります。